心の田を耕す農夫


 
 ある村でのこと。すべてを見通す人、目覚めた人ブッダに対し、「なぜ働かずに食うのか」と村のバラモン(司祭者)が尋ねました。ブッダはこう答えました。「バラモンよ、わたしは智慧の鍬で心の田を耕し、悟りの果実をもたらすのです」「バラモンよ、この収穫これが人々を苦悩から解放させるのです」と。そうです、そうですとも。ひきこもりも心の田を耕す農夫であります。毎日毎日、耕してばかりでございます。

 目覚めた人、すべてを見通す眼ある人ブッダは働くことを禁止しておりました。正確にいえば、心の田は耕しても、実際の田を耕して収穫を得ることを禁止していたのです。だから心の稲は実れども、空腹を満たす食べ物は手にはいりません。そこでお布施です、ブッダは托鉢をして、在家の方々からもらうことで生活をしていました。自立していなかったのです。それどころか在家に依存して生きていくようにと戒律を定めていたのです。ブッダをはじめ、弟子たち全員が托鉢で生活していました。自立せず、依存して生きてゆく。その結果はどうでしょう、ブッダの教えは広まり、いまもなお存続しているじゃないですか。2500年もの昔に、自立を禁止したお釈迦様はさすがとしか言いようがありません。なにが自立支援だ! 冗談じゃないぞ!

 現代の修行僧であるひきこもりのなかに、働きたいのに働けないなどと、在家の方々に対し、心にもない嘘をつく者がいるとか、いないとか。ブッダも大変悲しんでおられると聞いております。在家の方々に対しては、常に正直に「私は心の畑を耕す農夫である」と、そのように答えていただきたいものですのう。

 


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