書評『走れメロス』

 太宰治が、走れメロスを書くきっかけになったのが、熱海事件といわれるものです。

 どういうものかというと(細かいところは省略します)、旅行で借金をつくった太宰が、親友である檀一雄を借金の人質として旅館に残し、東京に金策にでかけました。だけど太宰は行ったっきりで戻ってこない。壇がしびれをきらして東京に行くと、太宰は井伏鱒二と将棋を指していたのです。あまりのことに壇が憤慨すると、太宰は「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね」と言ったという。壇は、それ以上、太宰を責めなかった。

 メロスは走ったけど、太宰治は友情と信頼のために、一歩も走らなかったのです。ただ、熱海の檀一雄をなかったことにして、放置していていました。でもその心の中では、黒い十字架を背負い、絶えず罪悪感にさいなまれていたのです。この苦しい裏切り者としての経験が、走れメロスを書かせました。

 ほんとうであれば、熱海で待つ檀一雄のために、金策に走り回る、『走れ太宰』を書くべきところですが、文学作品としては、いかがなものかということで、シラーの詩「人質」を土台として、走れメロスを書き上げたと聞いております。

 檀一雄も名作の誕生にかかわれたことを、とても喜んでいたそうですよ。

 

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