僕は登校拒否児である、を読んだ

よもやま話

 知っている人はよく知っているが、知らない人はまったく知らない、児童精神科医の故・渡辺位(わたなべ・たかし)氏の正体が書かれている本です、小泉零也著『僕は登校拒否児である』、でも別に渡辺氏の話がメインではありません、不登校や学校教育のあり方を問う自叙伝であり、ポエム集であったりするのですが、やはり一番パンチが効いているのが、渡辺位氏にまつわるエピソードです。

 著者の小泉零也氏が子どもだった頃、千葉県の国立国府台病院に通うことになるのですが、そこで担当医として待ち構えていたのが、児童精神科医渡辺位こと、悪魔のワタナベでした。

 ワタナベは頭痛を訴える小学生だった著者に、頭痛薬と称して〝抗精神病薬〟を処方するという、いますぐ医者をやめなはれというようなレベルのことをします。しかしこんなのは序章にすぎません。ワタナベは著者の母親と結託し、小6の著者をだまして精神病院に強制入院させます。収容させられた、(精神病院)院内学級がどんなところだったかというと、こんなところなのです。

「窓には全部鉄格子がはめられ、扉という扉には全部頑丈な南京錠が掛けてあり」
「ドクターの許しが出ない限り外へは一歩も出られない」
「入院させられている子どもたちは、ほとんどがどんよりと曇った目つきをして」
「陰湿ないじめは病院内で頻繁に起こっていた」
「他人よりいい思いをした子がいると、次の日その子はねたまれていじめられてしまう」

 ブラボー、よくぞ言ったと、立ち上がって拍手したくなる勇気ある証言です。ワタナベランドの真の姿が明らかになりました。もちろんワタナベひとりだけが悪いわけではありません、学校も社会も、結局はこういう状態なのです、この施設は社会の反映にすぎません。社会への復帰の場である精神病院の院内学級がこのような有り様なのは、むしろ理にかなっています。

 あらためて渡辺位について。知っている人はよく知っている通り、ワタナベはその後、登校拒否児(不登校)の味方に寝返ります、著者の小泉氏の良き理解者になるくらいです。そのせいもあって、この本には渡辺位氏に対する恨みや憎しみといったものはほとんどなくなく、むしろなんだか明るいのです、ワタナベと呼び捨てにしているのは私だけであって、著者は一貫して、渡辺位先生とよんでおり、常に敬意をはらっております。

 その明るさと敬意が、この本のハイライトともいうべき「渡辺先生宛の手紙」という一章につながっていきます。(世間的には)不登校の良き理解者である渡辺位先生に対する抗議の手紙です。でもそれも気がつけば渡辺先生への贈り物となっており、良き理解者が理解できないこと、良き理解者のその先にある大切なことを手紙で教えてあげています。

 渡辺先生は著者の小泉氏に、働いて自活して生活していくためにも、何かをやって自信をつけなさい、というアドバイスをしていました。渡辺先生からすると著者は何もしてないのです。でもそうでしょうか。渡辺位先生が

 「何かをする」という行為が、働いて自立するということと結びついていないと、知覚できないだけではないでしょうか。だから働いて自立することにつながらないことは、何もしていないということになるのです。ワタナベの不登校の肯定は、働いて自活するまでの執行猶予としての肯定であり理解であるため、そこにつながらないものは見えない、存在しない。なんとも視野が狭い。それはちょっと違うんじゃないか、自分は常に何かをやっていると、著者はワタナベをたしなめているのです。

 締めに、この「渡辺先生宛の手紙」をコピーして親の会とかで配っていいと、お墨付きまであげています。慈愛あふれる贈り物ですな。この手紙を現実のワタナベがどうしたのか…、一説によると黙殺したまま、知らぬ存ぜぬを決め込んで、不登校の良き理解者を続けていたとか、いなかったとか。

 さてこの本、実は30年前に発売される予定だったのですが、諸事情により頓挫してしまいました。その後、いつか陽の目を見るときがくると信じて待ち続け、そして待ったまま、時だけが過ぎてしまい、もういかん、もう待てんと、自ら発売するに至ったそうです。そのような事情でして本屋にも、アマゾンにもない希少品となっています。買う場合はここで直接注文してくださいね。

※2021/01/26 ちょっと修正

 


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