デモクラティック大名(4)

 何がキツツキ戦法だ、遊びじゃないんだぞ、武田家が存続するか滅びるかの大事な一戦なんだ、お前らなんかの意見なんか聞いてられるか、大事なことは「俺がひとりで決める」、信玄はそう言いたかったのですが、いえませんでした。常日頃、大事なことはみんなで話し合って決めると兄貴面をして合議制を主張していた張本人だったからです。信玄が武田家の頭領なのも話し合いの結果? ということになっていました。

 信玄ほどの軍略家からすれば、家臣が一押しするキツツキ戦法なんていうのは子ども騙しで、そんなのは通用しないと分かっていたはずです。孫子の兵法にも、こんな戦法は載っていない。しかし大事なことはみんなで話しあって決める、その合議制を採用したの者として、信玄以外のみんなが賛成しているキツツキ戦法を反故にすることはできませんでした。

 キツツキ戦法とは。山上に陣取っている上杉軍の本陣を、武田の先鋒隊が強襲し、たまらず山を降りてくる敵軍を、待ち構えていた守備本隊とで挟み撃ちにしてやっつけるというものです。これで勝てる、決まりだと家臣らは色めき立ち始めました。

 んん! なにやら始めるようだぞ、朝から晩までお酒を飲みながら、川中島の戦場を見下ろしているアル中の総大将、上杉謙信がこれに気づきました。一言もしゃべらず、お酒をのみがらじっと武田軍が動くの待っていたのですから当然のことです。謙信はすぐに家臣たちを呼び集めます。〈続く〉

 

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