デモクラティック大名(3)

 みなさんご存知の川中島の戦い(知らない人はこのあと書いてあることすべて理解できません)。武田信玄と上杉謙信は川中島で5回も戦っていますが、いわゆる世間で知られる川中島の合戦とは第四次川中島の合戦のこてで、それ以外はというと両軍にらみあいながら対峙していただけなのです。

 謙信は酒を飲みながらじっと一人で考え込み、信玄は家臣らとおしゃべり軍議をして、川中島でいまでいうキャンプを楽しんでいたのです。彼らが現代人であったのなら、そこでバーベキューをするなり、もしくは麻雀卓かトランプでも用意して遊んでいればそれですんだかもしれない、ただ戦国時代ですから、戦をすることになります。

 第四次川中島の戦いのときも、デモクラティック大名の信玄は家臣たちを集めみんなで「話し合い」をしていました。すると家臣らが「キツツキ戦法」で上杉謙信をやっつけたらどうかという意見が出たのです。まあまあと信玄が家臣をたしなめるも、軍師山本勘助、武田四天王の馬場信房、山県昌景ら重臣たちが、それはよいと盛り上がり、お館様いきでしょ! キツツくしかありませんな!  キツツキまじヤバいっすね! といった具合に話し合いはヒートアップしていったのです。〈続く〉

 


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