ガラケー爺さん

 どこにも行くあてのない、ひきこもりおじさんの居場所といえば図書館です。静かで、涼しい図書館は無職おじさんたちのオアシスです。平日、昼間の図書館の社会人席は、無職のおじさんたちで満席です。

 そんな静かな図書館の静けさを突き破るのが、ガラケー爺さんです。爺さんの辞書に、マナーモードという文字はありません。電話がかかってくると、ガラケー標準のメロディーが図書館に鳴り響き、そのあと爺さんが図書館で大声でしゃべりだす。それが図書館のあるある風景でした。

 でも最近になって、「図書館内での携帯電話の使用はおひかえください」という貼り紙が、これみよがしに社会人席にはられました。効果はてきめんで、ガラケー爺さんは、携帯電話が鳴り出すと、それが安全ピンを抜いた手榴弾かなにかであるような、驚きと狼狽を見せて、すぐに席を立ち、外へ出ていくのです。その一連の行動もまた、図書館のあるある風景として定着しかけていました。

 そんなおり、本日、ガラケー爺さんがいつもと違うのです。下をうつむいてガラケーを見つめ、ずっと、ピッ、ピッ、ピッとキー音を奏でてるのです。メールを打っておるのです。

 きっと家族が教えたにちがいない。メールなら迷惑をかけずに図書館にいても連絡ができる。だからずっと、ピッ、ピッ、ピッ♪ いうキー音をさせている。そして終わったかなと思うと、

 ピロロロロン♪ という送信音か着信音か分からぬ、軽妙なメロディが流れ、そしてまたそれに対するレスポンスとして、ピッ、ピッ、ピッ♪ と音を鳴らしながら、メールを打ち始めるのです。

 ガラケー爺さんによる、ちょっとた電子ピアノのようなものを、ずっと隣で聞かされながら、図書館で過ごしておりましたぞ。

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