ママンの誕生日

 ママンが朝からきいきいと騒いでいる。今日はママンの誕生日、妹夫婦が祝ってくれるというので、極度の興奮状態に陥ってしまったようです。老夫婦、親子のいがみ合いも今日は封印、だって甥っ子二人を含めたみんなでママンの誕生会をするのですから。

 勝山叔父さんも今日一日は死んだふりで大人しくと覚悟していたのですが、いざ甥っ子が花束をもって「誕生日おめでとう!」と元気よく挨拶するのを目の当たりにして、反吐が出るような思いと、むかむかする吐き気に襲われまして、注文した特上寿司に手もつけず寝込んでしまいました。

 そのうち、何だか家で寝ているのも辛くなったので冬の寒い中、外をうろつくという、そんな一日でした。まだまだ俺も現役だなと再確認しましたなあ。誕生日


この記事へのコメント

  1. 勝山さん、お母さんの誕生日・きいきい大変でしたね。
    自分も母親に対してはもの凄く屈折してねじくれまくった感情を抱いているので、何となく分かります。
    精神分析医の岸田秀さんによると、親子関係など幻想だそうです。
    自分がきいきいしないように、「親子の関係など共同幻想」と何度も自分に言い聞かせています。

  2. 家族における親孝行に対する価値観の違い
    が原因でおこる悲劇だと思います。
    誕生会より、ママンズファッションに身を包むことの方が
    全然親孝行のはずです。
    いい息子とは、ファッションを
    ママン色に染めている人のことだと思います。
    祝福されて、ママンもきいきいと喜ぶことでしょう。ありがとう。
    反吐が出るとはまさにこのこと、
    茶番に付き合うのは難しいですね。

  3. はじめまして。
    いつも楽しく(?)読ませてもらってます。
    ほんとまだまだ現役ですね。
    反吐が出るような思い、とてもよく分かりますです。

  4. 自分の場合に置き換えて考えたとき、なかなかくるものがありますね。
    ところでどうしてそんなことしないといい息子やいい娘、いい家族として認められないのでしょうか。そういう風潮が嫌いです。

  5. その心境、とっても分かります。
    つい先週うちの父親も還暦を迎えまして、一時帰省した(本当にその1日だけ)妹を中心に「子供たちからお祝いと感謝のプレゼント」なるものを用意して贈りました。と言っても用意したのはほぼ妹で、自分は後でお金を払っただけです。
    その時の家族の空気は……何とも言えずキツかったですね。和やかなんですけどいつもと何か違うんです。とにかく居心地が悪くて、顔を合わせているのが辛いんです。つくづく、家族の絆ほど厄介なものはないと思い知りました。
    五木寛之さんの本にあったのですが、「絆」には手枷・足枷とか、自由を束縛するものという意味があるそうです。日本人は何故こんなに「家族の絆」にこだわるのでしょうか。

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