国宝 阿修羅展

 阿修羅を見に上野の東京国立博物館まで行って来ました。やあ、かつちゃんと阿修羅も快く僕を向かい入れてくれました。釈迦十大弟子も六人、上野に来ていました。舎利弗、目連、羅ご羅、富楼那、迦旃延、須菩提がいた。イケメン仏弟子、阿難がいないのがちょっと残念ですね。弟子は見た目、ほとんどキャラがかぶっており、ブッタ好きの僕が見てすら、全員同じ人のように見えます。

 ひきこもって暇なのですから平日の昼間を狙って見に行くべきです。どうせ辞めるんでしょその仕事、働いている場合じゃない。阿修羅はやっぱりスーパースターです、入場待ち30分でした。阿修羅を生で、しかもガラスの仕切りなしで見られるのです。ブッダパワーがあるから、防護用のガラスなんて必要ないんですよ。マナーを守らないやつには仏罰が下り、即地獄行きです。ゆうこりんなんかより、何倍もかわいい阿修羅をぜひ見て欲しい。

 360度ぐるりと阿修羅が見れる。横顔と向き合うことも可能ですから、ブッダファンにはたまりません。顔がみっつに手が六本…さては人間じゃないな。

 他にも興福寺のいい仏が盛りだくさん。博物館ゆえに綺麗にライトアップされ、近くから全身くまなく仏を見ることができます。芸術品としてのブッダファミリー像。まあブッダ本人は、偶像には何の価値もないと言っているのですが死人に口なし、ファンの一方的な愛情からこのような仏像がたくさん作られ、皆から祝福されているのです。馬鹿でかい菩薩像など、ブッダ本人がみたら「オレこんなじゃねえよ」って言うと思う。

 ちなみにお土産の阿修羅フィギアは売り切れ中で、予約販売となっていました。送料五百円を払うことで、二週間後に宅急便で送られてくるそうです、欲しい人はお早めに。僕は阿修羅と十大弟子のポストカードを買い、フィギアを迷ったすえ予約しました。国宝万歳、こういうのはどんどんやってほしいですね。リクエストとしては東寺の立体曼陀羅が見たい。阿修羅像


この記事へのコメント

  1. 大仏って、大きなブッダなんですよね。
    いくらなんでもという気がします。
    文章力なんて必要ありません、
    駄文を発表する勇気を持てい。
    阿修羅レベルになると人の間を隔てるような
    ガラスは無用のもの。悟りを開き、心も解放されているのです。
    阿修羅はブッダを守る神様の一人だった
    ような気がする。もともとはヒンズー教の神様だったはず。
    杖は登山用のものだけですね。
    富士山に登るに、登山用ストックはかかせません。

  2. 私の経験上、仏像に興味を持ちポストカードやフィギュアを買い始めると
    次に「杖」を欲しがる傾向にあります

  3. 僕も勝山さんのケータイ小説を読んでブッダファンになり、仏教関係の本を読むようになりました。(ひろさちやばっかりだけどw)
    阿修羅については仏教に関係あるなんてしらなかったけどそれでもブッダファンを名乗る僕。いわゆるミーハーですけどそれすら許容して阿修羅はその手を伸ばし頭をなでてくれそうな気がします。

  4. 国宝でありながら、ショーケースなるものに入っていないのは、やはり阿修羅像から発せられるパワーが、そんなもの必要ないとさせているのでしょうか。
    それとも、もしかすると観客の方が見えない透明ショーケースの中に入って日々行動しているのかもしれません。
    その証拠に、最近は特に人のココロや空気読めないとか何とかが、流行っていますね。
    読めるはずありませんし、読む事もできません。
    読む必要もないと思います。
    だって、みんな透明ショーケースの中に入って、自己防衛ばかりしていると感じてしまいます。
    個人で、そのままの姿でいると、攻撃されるからでしょう。
    いつの時代からか、こんな風に日本人は、個人個人の存在を出すことなく、集団で、見えないショーケースに入る行動をしていると感じます。
    さて、現代人より先輩で、むかーしから日本を見つめてきた、ショーケースに入っていない、ありのままの国宝、阿修羅像は、そんな人々を見つめて何を考えているのでしょうか。

  5. ひきこもりカレンダーを三度目に読んで思ったのですが、勝山兄さんは本当に文章力がありますね。僕も自叙伝を書きたいと思ったけれど、とてもじゃないけど勝山さんには敵わないというのが本音です。
    それはともかく、仏陀の携帯小説、楽しく読ませていただいていました。今回は上野の博物館まで行かれたのですね。
    楽しそうな兄さんさんを見て、少し安心しました。

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