ひきこもり文明の大分岐

 古代エジプト、ギリシャ、メソポタミアといろいろ栄えた文明がありましたが、現代の日本を含めたこの地球ほど、栄えた時代はないでしょう。後世の人は、今の時代を何文明、何時代と呼ぶのでしょうか。

 文明が栄えている、栄えていないは、何をもってそう判断するのか、それは労働時間です。文明の進化・発展とは、労働時間の減少です。科学技術、哲学、思想、文化、これらの発展が労働時間を減らすのです。

 文明の発展が、民衆を労働から解放する。現代文明が多くの人を一時的ですが、労働から解放しています。まずは子どもが労働から解放されているでしょ。あとお年寄り、定年退職後に年金ぐらしで暮らせる、ということになっています。

 ただ、子どもは学校で働くための勉強をさせられたり、老人は年金が受給できる年齢が65歳にあげられたり、もらえる額が減らされたりと、なんともさみしい状況になってきています。

 なぜか、それは文明が衰退してきたからです。エジプト文明がピラミッドを残して消えてしまったように、現代文明もまた衰退し、消えようとしているのです。労働時間の減少が止まったのが、その証拠です。

 一億総活躍社会、これが意味するところは、生まれてから死ぬまで働けということです。つまりは文明の消滅宣言であります。産業革命よりずっと前の、野蛮な時代へと、我々を逆戻りさせようというのです。

 なぜこんなことになっているのか、インターネット、コンピューターと、科学技術はおどろくほど進化しているのに、文明の進化の証である、労働時間の減少は止まっている。おかしいじゃないですか、本来であれば文明の進化とともに、桃源郷時代である、ひきこもり文明が誕生するはずです。私はその準備をし、ひきこもり文明時代の到来をまっている者であります。

 原因は、進化の仕方が悪いというのが私の考えです。思想や哲学の進化が滞っている、それが文明の発展を妨げているのです。ひきこもり文明を花開かせるための思想をつくりあげるしかありません、誰が、我々がです。我々が労働時間の消滅実現のための思想を作り上げるのです、よしやるぞ、うっふーいと、妄想をしていたら今日一日が終わってしまいました。妄想しすぎたかなと思いつつも、せっかくだから、ここに書き残しておきます。冬は日も短くて、起きてしばらくするともう夕方なものですから、今日も今日とてなにもできず空想三昧でございます。

 


この記事へのコメント

  1. こんばんは。
    生きる為に生きるよりかは、生きる為に働く。生きることとは狩猟でもなく、農耕でもなく、「労働である」とそんな感じがありますからね。生きていくのに金が必要で、死ぬ時にもこれまた必要になる。人生そのものが最初から経済に組み込まれている気さえします。だから「何でもいいからとにかく働け!」と言われるのかと。
    個人的にはアレコレ増やし過ぎたのかなとも思います。いろんな物やサービス、インフラに溢れて確かに便利で豊かになったのでしょう。しかし、それらは決して「タダ」ではない。恩恵や施しでは断じてない。
    維持するのにも「対価」が必要なのだと・・・。

  2. 全面的に同意です。過去にあった派遣現場の奴や親を見ていて思ったのですが、今の労働者は(昔もですけど)考える力が物凄い衰えている気がします。労働ボケと呼んでいるのですが。本当に、しかるべき時には万人がひきこもれる社会が理想です。世界が結託して、労働者だろうと、引きこもりだろうと将来の不安を抱きにくいような仕組みを作って、考える時間と気力と、その力を付ける機会と生活インフラを人々に返すべきだ。

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