ひきこもり資産

 ひきこもり中年男子のほとんどは、裸一貫でひきこもってきた叩き上げです。良くも悪くも、無一文から今の地位を築いた。資産というと、お金のことばかりに目が行くが、そうではない。ひきこもり場合、資産といえば、「ひきこもり経験」のことです。

 ひきこもりから抜け出そう、ひきこもりをやめよう、とか考えているだろう。それはお金持ちが仕事だけの人生をやめて、田舎でゆっくり暮らそうと考えるのと仕組みは一緒。もてもて男子が、もうナンパ遊びは卒業だと言い出すのと同じです。社長にはお金という資産があり、もてもて男子には女という資産がある。ひきこもりには、ひきこもり経験という資産があります。もう飽き飽きだ、満腹だ、違うことがしてみたいと言っているだけですよ。

 あなたは、もう資産家なのです。ひきこもり銀行には、溢れんばかりの、ひきこもり経験(ほろ苦いメモリー)がつまっている。資産を貯め込んで、眺めているだけだなんて…、いかがなものか。ほろ苦いメモリーを語ることが、ひきこもり資産家の義務だとボクは思います。

 無理解な家族という荒地を開拓し、親子でいがみ合うことで開墾した、ひきこもり大地。ひきこもり前編の大部分を占める不毛な争いをやめさせるために、ひきこもり中年男子の資産運用がかかせません。ひきこもりの公共事業ですよ。

 ひきこもり資産が乏しかった昔、ひきこもり経験談と言えば、お寒いつまらない脱ひきこもり物語くらいしかありませんでした。子供だましです。陳腐な立身出世ストーリーに興味はない。あれは貧しい時代の夢物語です。ようやく、本格的なひきこもり経験を話す時が来たのです。ひきこもりカーネギーが、ひきこもり帝王学を語る時代が訪れたのです。

 なのにどうしたことでしょう、この語らずの沈黙ムードは。溜め込んだ資産をながめて、部屋でうつむいているとは、何ごとですか。経験談を話したがあまり受けなかった。アルバイトで働いている話をしたが、その後すぐ辞めてしまったので会わす顔がない。自分より遥かに重症のひきこもりが語っているので、自分の経験がしょぼく感じる。話が重くて、みんな引いてしまった。ほろ苦いメモリーを語ってこんな目に会ってしまった、もしくはこうなるのではと、怖れているのですな。

 ひきこもり経験を語った後に訪れる、やらなきゃよかったと思う心の痛みを、ひきこもり用語で「成長」と呼んでいます。ひきこもり後編の第一章は、たまりすぎた資産の運用と、その後に訪れる心の痛みに耐えることです。株に手を出して損をする、資産運用に失敗した、あの気分です。失敗は成功の元とは、ひきこもり資産運用のことだと聞いております。損を怖れず、ひきこもり経験を語ること、それだけがひきこもりの現在を明るく、安心したものにする。Photo


この記事へのコメント

  1. どんどん印刷してください。
    こういうことは、無許可でやってもらってかまいません。

  2. (*゚▽゚)ノ初めまして不登校新聞で知りました。読ませていただきました。
    ひきこもり歴の資産運用とのこと、妙に納得します。少しおすそわけ運用させていただいてもいいでしょうか?こんなこと書いてる人がいるよ~って印刷してもいいですか?

  3. うつ病の状態がスタンダードになる日が
    くればいいんですが。
    朝起きれないが、当たり前になれば、
    悩みもなくなります。
    ひきこもり用語の正しい使い方を
    これから広めていきたいです。
    ヒサヤ大黒堂の広告を見ただけで、
    痔の痛みがやわらぐと聞いております。
    ひきこもり体験を語ることとは
    ぢの広告以上に、他人にやわらぎを与えるものです。

  4. ひきこもり経験が資産だなんて考えたこともありませんでした。
    自分の人生をどぶに捨てているような思いで今日まで生きてきたので、勝山さんのお話は、天動説を信じて疑わなかった人が地動説を教えられたとき位、僕にとって衝撃的です。
    ゲスト、司会、演出家をすべて兼任して、一人「徹子の部屋」「波瀾万丈」をひきこもりがやることは可能なのでしょうか。日記を書こうとしても天気のことしか書くことが思いつかない位単調な毎日を過ごしている僕にはとてつもなく困難なことにしか思えません。
    一昔前まで新聞のTV番組欄の下によく「ヒ○ヤ大黒堂」という薬局が痔の薬の通販広告を出していました。痔という恥ずかしい病気に悩んでいることを誰にも知られることなく薬をお送りしますというのが宣伝文句でした。
    ひきこもりという恥ずかしい病気を誰にも知られず治したい。僕は、ひきこもりにとっての「ヒ○ヤ大黒堂」を探すことばかりしていました。
    駅前で誰も聞いてないのに熱弁を振るっている政治家のように、僕もトラメガを手に路上演説を試みてみようか。そこまでする必要はないか。でも、自分のしょぼいひきこもり経験を語ることには脱ひきこもりという意味ではなく、自分のココロに対する治療効果がありそうですね。

  5. 色々世の中で今大騒ぎしていますが、なにやらお金に関する事のようで、どこかの国でもすでに数十年前に起こった事と同じような事が起こってしまって大変だ!ということらしいです。
    しかも今度は世界規模ということだそうですが・・・。
    このことで騒いでいるのは、やはりひきこもり経験のなかった人たちなのではと思います。
    世の中の、誰かが作った生き方にいかに似せて生きれるかという事で生きてこられたのではないか・・・というのは、過去にも別の国で似たような事が起こっているので、ちょっと立ち止まって自分のいる現在地を確認する、ひきこもって、自問自答することがあれば、自分の居場所が今、かなり危険な状況にいるなんていうことはないと思われるんです。
    ひきこもり経験は、やはり人生において重要なのではないかという事が、こんな事からもわかってきます。
    現在は、ひきこもりや心の病など僕も含めて多くの人がいらっしゃるといいます。
    それは、これからひきこもりの経験、もしくはココロの病などの経験を通して、人生の本質的な経験をする事により、世の中を変える時期に合わせて、増えているのではないかと思います。
    それは、この今の世の中が、もうずっと前から来る事が決まっていて、しかも行き詰まりを起こす事もあらかじめ決まっていたようでもあります。
    残念ながら未だ、現代の危機的状況がよくわかられていない方が多くいらっしゃるような感じを受けます。
    またその問題に対して根本的に直すのではなく、直したような感じに見せて実は、元は、ぜんぜん直っていない、まるで壁に穴があいたら、全体的に壁を直すのではなく、ただ、その穴の部分をベニヤか何かで簡単に塞いでいるようにも見えます。

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