向上心がひきこもりをダメにする

 気づいたら夕方になっていた、そんな毎日でなにもやらないやつほど向上心が高いものです。TODOリスト(やること一覧表)にはいくつものやりたいことでいっぱい、でも結局は何もしないんだよな、俺もお前も。

 やることリストには、つねに運動(筋トレおよびダイエット)が入っていますが、それは向上心のしわざなんです。ひきこもりという谷底から、天高く舞い上がろうという向上心のあれわれなのです。でも実態は、もう自分でも気づいているのですが、あれはやることリストを装った、やらないことリストだったのです。

 私のTODOリストにはやりもしないことがぎっちり書き込まれています。メールを出す、電話をする、洗濯する、衣替えをする、部屋の掃除をする、運動する、ブログを書くなどです。怠惰な私だからこれくらいで済んでいるともいえる、もっと向上心のあるひきこもり当事者であればこれに加えて定番の、働く、勉強する、資格を取る、英会話をはじめる、プログラミングをするなどなど、ひきこもりの妄想TODOリストが万里の長城のごとく築かれているやもしれません、そうなっては人生は破綻したも同然です。

 向上心は悪である。やりたいことということは、結局はやっていないことなのです、そしてこれからやることなのですが、それが複数あったのならば実現は難しい、だって体は1つ、できることは1つだけだからです。もし本気のTODOリストであるならば、やりたいことは「ひとつ」でなければならないはずです。

 運動、筋トレやダイエットをやることリストに入れてもなぜやらないのか、それはやらなくても死なないからです。ガリガリひきこもりがマッチョにならなくても、体脂肪がちっとも下がらなくても、別に死にはしません、だからずっと、何十年も、TODOリストの頂点に「筋トレ」が君臨していながら虚弱体質まま、体脂肪も高いままなのです。筋トレもダイエットもウォーキングもやらないのです、一時的にやっていても気づいたらやめているし、続かない、やらなくても死なないからです。

 同じ理由で、ゴミ屋敷の部屋の掃除をしないのも、英会話や資格の勉強が途中でフェイドアウトするのも、やらなくても死なないからです。やらないと死に至るか、身の破滅になるようなこと、TODOリストにはそういうことだけを書いたほうがいい。例えば原付きバイクの自動車税を払うとか、そういう避けられないことだけを書けばいい。

 TODOに関して最近個人的に心がけていることは、1日を1番やりたくないことから始める、ということです。1番やりたくないことを1日かけてやる。やだな、面倒くさい、だるい、眠い、気が乗らない、それをやる。そのためのTODOリストなのです。締め切りが近づいてようやく、やりたくないことと向かい合ったとき、自分の向上心がウソであったと、しみじみと理解します、向上する気なんかはじめからなかった、自分のやりたいことは現状維持であったと。

 それがTODOリストに書くだけ書いて、そのなかのひとつとして、TODOしてこなかった私の結論でございます。

 


この記事へのコメント

  1. 努力というのが私の最も嫌いな言葉なのですが、向上心にも通じるものがあると思いました。
    要するに頑張ろうとしている時点で負けているんですよね。自分のできたこと、いくらか得意な物事を振り返ってみると、努力だとか向上心だとかほとんど関係ないです。やりたいからやっていた、それだけのことです。この感覚が多くの人間には分からないのでしょうが、できない原因を向上心がないからだと非難するのは、ひきこもりの「火」に油を注ぐようなものだと思います。

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