ひきこもっていると、世間の人が自分の無職ぶりを嘲笑しているような気分になる。恥ずかしい、お天道様に背を向けて歩く日陰者のように、人目を避けて行動するようになる。
でも、実は誰もオレになど注目していなかったんだよ。ひきこもりにかまっている暇なんかなかったんだよ。そりゃ、近所で一、二回くらいは話題にはなっただろう、でもそれだけ。こそこそしても、どうどうとしても同じこと、誰もオレの行動などに関心はなかったのだ。もっとほかに注目すべきことがいくらでもあるんだ。
両親だけなんだよ、オレに関心があるのは。働かないなんて、恥ずかしい、みっともない、と絶えず騒いでいるのは世界に二人だけ、親だけなんだ。そこは世界に中心でもなんでもない、狭い家の中。世間は近所のひきこもり等に代表されるような、アウトローな脱落者にちっとも関心がないのです。そのことに最近気づきました、こんなに皆がオレに対して無関心だったとは…。人目を避けるように忍者の如く外出していた、この15年間はなんだったのだろうか。
コメント
ひっそりと生き、死んでいく…。
正直、すごい境地だと思います。
ぼくはやはり、自分が意味があると思える仕事をしたいし、人の役に立ち、喜ばれる人間でありたいと思います。
でもそれはある意味、自己中心的な、「弱者」を切り捨てる発想にも通じるんですよねぇ…。
注目されずひっそりと生きていく。
必要とされずひっそりと死んでいく。
ボクはこれでいいと思います。
むしろその方が気楽ですよ。
すごい法則をご教示いただきありがとうございます。
実は、僕は今日まで忍者でした。
日中は影を潜め、音を立てず、もちろん電話がかかってきてもスルー、チャイムが鳴ったら息をひそめる・・・でも、そうですよね、気にしているのは親だけだったんですね。
ちょっとばかり、自分が注目を集めていると言う自意識過剰気味だったんだと、たった今気付きました。
ということは、今増えている傾向にある独身者による孤独死は、それを証明する出来事なのかもしれません。
僕も、そうなってしまうのでしょうか・・・。。
よかったですね。その通りですよね。