発達障害のなかにも共感できる部分がたくさんあります、紹介しましょう。みんなと行動するのが苦手、臨機応変な対応ができない、運動が苦手、興味があることは熱中できる。「あーる、あーる」と声に出したいものが1つはあるのではないでしょうか。いつもの決まったパターン以外の行動の時は不安になる、ルーチン好きというのは共感するな。ちなみに勝山叔父さんは、まったく集団行動のできない、多動ひきこもりですよ。
ただ本を読むに、器がでかいなと感じた。一番当てはまるであろう学習障害も簡単な計算ができない、例えば時計を見て今から25分前が何時何分かというようなことが分からないレベルと言われると当てはまらない。落ちこぼれだ、大検不合格だとかいうレベルより遥かに高い位置に発達障害がある。障害なのか、それてもただのバカなのかも微妙だ。本人が辛い、苦しいと感じるなら発達障害にするのがよい、他人が決めつけるのには反対だなあ。
コメント
賃金労働に役に立たない個性は
ズバッと切り捨てる世相なのでしょう。
病気を通り越して、てきぱき働ける可能性がない人は
障害者にしようという雰囲気を感じますね。
「明るく悩まず元気でポジティブな人」の補集合は皆ビョーキという時代なんですね。
とてもありがたいです。
記事の初めに並んでいる「あるある」なたとえ、自分はひとつどころかほぼ全て当てはまります。これを個性とせず「障害」と呼ぶところに、世間の価値基準に従わせようとする暴力的なニオイを嗅ぎとってしまう自分は……荒んでますよね。
もっとも、近頃「個性的」という言葉も場合によっては馬鹿にしているようなニュアンスが混ざっていて、軽々しく使うのは躊躇われるのですが。