がんばれダディー

 富士山は八合目あたりから傾斜がきつく空気も薄くなります。ボクも軽い高山病なのか、頭が痛くなり、登るスピードも他の登山者の半分くらいになる。肉体的な辛さ、それに加えて、九合目あたりで繰り広げられる、最低の家族ドラマがきついのです。

 子供(女の子が多いのですが)が疲れ切って歩けなくなり、登山道の脇でうずくまっている。そんな子供が何人もいます。そして、その隣りに必ずいるのが最低の父親、「がんばれダディー」です。もういい、帰りたいと、完全に心が折れてしまった子供に、「がんばれ」「もうすぐ頂上だ」の大号令を繰り返すのです。

 まったく心に響かない励まし。猿の鳴き声と変わらない。薄っぺらな、がんばれダディーは、そのことに気づいていないようです。ボクは目を背け、家族ドラマの横を通り過ぎると、すぐにまた同じような家族ドラマに出会うのです。いかがなものでしょうか。

 ひきこもり裁判なら即有罪、執行猶予なしの実刑判決です。親子断絶の歴史の瞬間に立ち会う。これが苦行でなくて、何でありましょうか。富士ブッダからの最大の試練です。がんばれダディーをひっぱたいてやろうと思うくらいです。がんばれダディーは、けして子供を背負ったり、抱きかかえて頂上まで行こうとはしません。自分の力で頂上まで辿り着く、そんな強さを持った子供に育って欲しい、という妄執に囚われて、目の前で苦しんでいる、一人の人間を助けるという、大切な優しさを失くしているのです。

 「休んでばかりだと、いくらたっても頂上に着かないぞ」と娘を叱っている、がんばれダディーもいました。やれば出来る、高校くらい卒業しろ、何でもいいから働け、と罵られ続けたひきこもり人生と重ね合わせ、ボクは哀しみの富士山頂へと辿り着くのです。Img062


この記事へのコメント

  1. 無理をして、登らない大切さ、
    登らない勇気をこのダディー達に教えてやりたいですね。
    真の立派さとはそういうところにあると思います。
    低酸素による病だと思えば、
    あのダディーたちを、許してやろうという気持ちにもなります。
    山が嫌いになるチルドレンが増えるだろうと思うと悲しいですなあ。

  2. 富士山の九合目まで来てそんな俗事を目撃させられるのではたまりませんね。
    父親にしてみれば最愛の娘と日本一の山を登っているという感激に低酸素状態が加わって脳からアドレナリンが大量分泌してしまい、自分が児童虐待まがいのことをやっているのに気がつかないのでしょう。
    まさにこれは「極限状態を子供たちに体験させ脳幹を鍛え生命力をつける教育」、無自覚の戸塚ヨットスクールです。怖いですね。
    「富士ブッダ」という新語に爆笑してしまいました。赤の他人の家族ドラマをもひきこもり人生と重ね合わせて批評を試みるとはさすが勝山名人。富士山に登ってもただでは降りてきませんね。

  3. おはようございます。
    日本一のお山でも、そんなことが繰り広げられていたとは!
    その親御さんにとって、自分の行動や発言が子供のその後の人生にとって、かなりの影響があることを知られていないのですね。
    やはり、人生には何事も体験体験の積み重ね。
    テレビや雑誌で吹き込まれた常識をもとに生きていると、同じような過ちを起こすのではないかと思います。
    僕も、何度か知人に登山に連れて行ってもらった事があります。
    その方によると、登山の大原則は、「ムリして登らない」です。
    いくら頂上を目の前にしていても、動けなくなってしまっている人がいて、すぐに改善が見込めない時や、急激な天候の悪化などでは、そのタイミングを瞬時に察知し、本当に目の前に頂上が迫っていても、下山を決意しなければならないと言う事です。
    それは、登山という行為は、ちょっと間違えると命にかかわるからです。
    登山のプロでも、そんなに高い山でなくてもバテて動けなくなったところを見た事もあります。
    その大原則を無視している事も問題ですが、人生も登山と同じ、平地と山は環境やそれに伴った行動、判断が異なる、人生も、人によって性格、才能、得意不得意分野が異なる、その人を取り巻く環境も異なる・・・。
    登山とかなり近い状態ですね。
    「がんばれ!」「やればできる!」「そんなの常識!」多数派教のマントラを唱えている人が、ほら、そこにもいますよ・・・。

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