醜態・イズ・ビューティフル

 ひきこもりの特技はやめることです。フェィドアウトの達人。せっかくここまでやったのだからもったいない、あと少しがんばろうなどとは考えない。脱兎の如く、職場から、学校から、あらゆるものから逃げるひきこもり。仕事だけではない、ブログのような趣味も長続きしない、プロフェッショナルなのさ。

 「やめるスキル」が傑出している。人生における脱走名人、この特殊能力がぬきんでてすぐれている。ちょっと手加減してあげたほうがいいんじゃないか。

 やめずにぐだくだと、地面につっぷしたまま、もてたいもてたいと涙をながしてみせる。自分のへっぽこぶりを皆様に披露することで、よりいっそうひきこもりの完成度を高めることができたのなら、それは新しいひきこもりの進化ではないのか。言い訳のきかない醜態のなかに、ひきこもりの美しさがある。醜態・イズ・ビューティフル。ぐだぐだ継続こそ、ひきこもり中年男子にもってこいのスキルだ。Photo


この記事へのコメント

  1. ジェンキンス氏、彼もフェィドアウトの達人ですな。
    しがみつく価値もないものから、そっと離れる。
    これがひきこもり紳士ではないでしょうか。
    ぶざまなくらいが、かっこいいと思います。
    倒れたままが、かっこいい。
    ひきこもりの奥に、人間の共通する
    苦悩のようなものがあるのかもしれませんね。
    もっともてても、いいはずだと。

  2. 人は苦しむほど突っ伏して泣くものです。
    芥川や太宰は表現も巧みでした。
    兄さんが苦しんでおられるのも、われわれが共有する問題なのではないでしょうか。

  3. 正論すぎて言葉がありません。
    僕はどうやら格好つけていたようです。いったい今まで何を学んでいたんだろう。
    もう一度自分を見つめなおしたいと思います。そしてそれさえ挫折するくらいが人間としてちょうどいいですよね。

  4. 逃げるが勝ち!、逃げるが価値!というふうに、フェイドアウトが悪い事とは思えません。
    何から逃げるか・・・と言えば、本来目的や価値のハッキリしない、どこのおじさんやらが作り出した「常識」からです。
    いつも思うんですが、常識と言うものは、少数派いじめの何者でもないと感じます。
    常識!常識っ!って言ってしまえば、水戸黄門の印籠や、男はつらいよの寅さんの「それをいっちゃあおしめぇよ!」と言う言葉と同等の威力があります。
    常識と言う思想から離れて、集団管理から逃れようとする人たちを、この言葉攻めで、本来自分の考えを持ち、行動している人たちのやっている事が、いかに卑怯か、いかに理にかなっていない行為か、いかに世の中にマッチングしていないかを押し付けるんですね。
    でも、こんな言葉は、はじめから一部のおじさんやおばさんたちの儲け話から発生したものであり、こんなものに自分が合っているか、合っていないかなんて考える事自体が無駄な行為といえるでしょう。
    というのは、もともと、常識はこんな程度で、裏を見れば何の価値も無いんです。
    例えば、学歴社会を常識として何か新しいものが生まれましたか??
    個人的利益主義者が増えただけで、後先かまわず、人の人生を壊してまでも追求し続けた現実しかできていないと思います。
    そんな常識から逃げるが勝ち、逃げるが価値・・・人生一度だけですから、
    多くの人の生き方をまねるのではなく、自分だけでも違った方向に行ってみるとどうでしょう。
    もしかすると、思わぬ発見なんかあるかもしれません。
    その人しかできない事・・・なんて発見した場合は、もうこれは自分自身が勝ち、自分自身が価値と言う事になります。

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