会社だけでなく、学校も競争の場です。友達の成績が落ちれば、自動的に自分が上にあがるのです。まあこんな偏差値競争の話をしても、ひきこもりの諸君はまったく無反応。ひきこもりや不登校こそ、学歴競争の一番の被害者かというイメージを持っている人がいたら、それは違う。
ガリ勉と落ちこぼれには競争がない。ガリ勉を蹴落とそうとする人がいるわけもない、勉強しか取り得のない、いい意味でみそっかす。落ちこぼれは言わずもがな、蹴落とす必要がない。ありがたい、ずっとその惨めな成績をキープしていれば愛される。悪い意味でみそっかすだ。
ひきこもりの人生の半分はガリ勉で、残りの半分が落ちこぼれ。だから、偏差値をめぐる競争にはちっとも参加していない、中間を吹っ飛ばしてしまったんだ。
コメント
競争という名の社会に入った瞬間から、そんなものには興味はありませんでした。
競争して何になるのか、大人たちは人生が楽になると口をそろえて言っていましたが、人生はどんな生き方をしても、それぞれの生き方から得られた事により、それぞれの独自の悟りを開くものと感じます。
みんな競争して、人生を楽にしたかったのかもしれませんが、基本的に人生には、楽はありません。
もし、楽があるとすれば、それはその人が楽と錯覚しているに過ぎないのかも知れません。
また、仮に本当に楽と思える人生であれば、独自の悟りを開く事ができにくくなるでしょう。
人生は思い通りどころか、悪いほうに
悪いほうにへと向かうという
手本を示してやらなければいけませんぞ。
優等生から落ちこぼれにというのが
ひきこもりエリートの定番ですから
中間の成績という人は珍しいかもしれません。
僕はガリ勉ではなかったですが、めちゃめちゃ落ちこぼれでもなく中間くらいの成績でした。
まあ高校なんてほとんど行ってないので前提からはずれているかもわかりませんが。
勝山さんのインタビューが載ってた本にも
書いてありましたけど俺にもあるんです。
プチエリート君っていう過去からの遺産が肩に乗ってます。
取り柄と言えば勉強ができる。
張られたレッテルはこの子は勉強ができる子。
今じゃ結婚も就職も無理な子。
弟は公務員で結婚してて子供までいる。
甥の成長が恐ろしい。
と思うと同時に人生の苦味を分かち合えた
らな…
人生思い通りにはいかない事を知って欲しいです。