鶴見済さん著『死ぬまで落ち着かない』を読んだ

 ウヒョー!🐙 鶴見済さんの新刊が発売になりましたぞ。子ども部屋おじさんとして54年、さすがに落ち着いてきたかなと自分では思っていましたが、両親がなくなり、子ども部屋〝ひとり暮らし〟おじさんとなり、その副作用として、順番にまわってくる自治会の委員をやらざろを得なくなって気持ちはダークブルー、さらにご近所さんと相談し、意見をまとめて防災訓練の報告をする係(?)を自治会長から直々の電話で引き受けてしまい、あばばばばばと心は乱れに乱れ、どこか遠くに、誰もいない無人島で一生を終えたい、そんな気分ブレブレのときにこの本を手にしました。

 「苦」をどうするか。どうすることもできない。ちっちゃい実践としては「悪魔の薬」(p.94 抗不安薬)をポリポリかじるとか、ユーチューブを見続けるとか、トロピコ6を延々にプレイするなどなど、そういうちっちゃい実践を6畳間で積み重ねておりました。

 わかっておるのです。所詮焼け石に水、痛み止めであり、対処療法であり、本質的な解決ではない。しかし顔がひん曲がるほどの苦痛は「いま」「ここに」どーんと存在する。「ほかの誰でもない自分」に存在するのです。

 いまはどうするか? 「自治会なくなれ!」なんていうのは無理なので、わしのすることはもっぱら、ちっちゃな実践となります。

 でも、いじける必要はない。ちっちゃくも実践であります。ちっちゃくても行動であります。「悪魔の薬」(抗不安薬)を飲むのも最前線の実践です。遠慮はいらん、胸を張れ。依存がどうのこうのとしゃらくせえ。対処療法がいいとか悪いとかより好みしている暇なんてないのです。
 ちっちゃな実践は暴動のはじまり。ゲリラの赤ん坊。デモでプラカード掲げるのと、精神科で処方箋をもらい「悪魔の薬」を飲み干すのは基本同じ実践です。勇気と行動力を必要とする実践なのです。

 本に載っていた、あれやこれやをパクリ、磯野波平と同い年の54歳の私が(ちょっとアレンジをくわえ)ちょこちょこ実行しております。

 自作「人生の痛みセンサー」
 

 高校中退し、大検合格を経て、大学受験、3浪してどこの大学にも受からず、苦しみのあまり顔がひん曲がっていたあの頃を10とするのならば、いまはどれくらいだろう。いまの値は1くらいじゃないだろうか。そう考えると、生きづらさなんて言葉は恥ずかしくて口に出せませんな。

 図書館やファミリーレストランには、自転車や原付ではなく歩くようにしています。ウォーキングやマラソンをするひまがあるのなら、図書館まで歩けばよかったのです。

 エスカレーターは使わず階段を2段おきに上っています。一石二鳥の効率的な運動です、等いろいろ、死ぬまで落ち着かない、落ち着いたときには死んでいる、そんなわしらにお薦めの一冊ですぞ。


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