『ひきこもり支援ハンドブック』について

 結論。
 『ひきこもり支援ハンドブック~寄り添うための羅針盤~』とは、厚生労働省が製作した〝 ポエム〟である。

 詩集の詩はなく、我々がついつい夜中に書いて、翌日我に返ってなかったことにするあのポエムです。厚生労働省版ポエム集、それが『ひきこもり支援ハンドブック』だと思ってもらいたい。

 そもそも気持ち悪いサブタイトル「寄り添うための羅針盤」からして意味が分からんでしょ。ひきこもりの定義はないかわり、なにかにつけて「生きづらさ」「多様性」とあるだけで中身のあることはなにも書いていない。

 サブタイトルを見た時点で気がつくべきでしたが、まさか行政が中身のないポエム集を出すとは思ってなかったので、理解しようと何度も読み込んでは考え込んでいました。しかし読めば読むほど、なんか変だという気持ちになります。まとめると、

 ①間違いが多い。
 ②論理がない。
 ③なにも書いてない。
 ④ポエム要素が満載。

 となっております。

 ①間違いが多い、に関して言えば、例をひとつあげるなら、第1章のひきこもりの歴史のところ、ひきこもりに対する差別偏見の発信源のひとつがKHJ親の会だった事実に触れていない。もともとKHJのKは強迫性障害、Hは被害妄想、Jは人格障害の意味でした。偏見を撒き散らしていたその中心にKHJ親の会があったのです。20年前からひきこもりをウォッチしてきたマニアなら常識ですが、初心者向けてあろうハンドブックにそのことは書かれていない。マスコミの報道よりもKHJのほうが当事者にとって迷惑な存在だったのです。ここは違うぞという間違いは他にもたくさんあるのですが、それよりも問題なことがあります。

 ②論理がない。筋道の通った考えがない。意味のわからない雰囲気だけの文章が多いというか、2章にいたってはそれが全部です。

 ひきこもり支援の目標を「自律」としていますが、他者が目標を決めている時点で「他律的」じゃないですか。自律するように「プロセスの共有」「オーダーメード型の伴走方支援」だとか、そんなものがないと存在できない自律とはなんなのか。どこにも自律なんてない。このハンドブックは「他律」を自律と呼んでいるのです。

 自律の「律」ではなく、「自」のほう、自分であり、自己であり、それをどうとらえているのかが不明。支援者が自律や自己肯定感を与えられるという思い込み、そんな人間音痴からくる論理のなさで2章はあふれています。

 ここで一呼吸。

 もしまだ未読のマニアがいるのなら「ひきこもり支援ハンドブック」の2章だけでも読んでみてほしい。読んでいるこちらの頭が混乱してくる。こんなことは言いたくないが、しかたがない。

 日本語がおかしい。そして読めば読むほど、

 ③なにも書いていない、ことが明らかになります。「生きづらさとは」と書いておきながら、生きづらさがなんなのかなにも定義できていない(たぶん書いた人は説明できていると思い込んでいるふしがある)。ひきこもりについても定義してない。それでいて150ページくらいある。2年間かけて製作したという…。

 ひきこもり支援ハンドブックの製作者が、正直なのか、天然(?)なのかは分からないが、行政が出したものでありながら、難しい専門用語、官僚用語というものは使われていない。だから書いてあることが難しくて分からないということはない。

 中身がなく、文章がヘンなだけなのです。読んでいてにイライラさせる要素として、

 ④ポエム要素が満載、というのがあります。

 サブタイトルの「寄り添うための羅針盤」から始まり、「生きづらさ」「多様」「自己肯定」「伴走」と出てくるキーワードは意味がはっきりしない、見せかけだけの言葉。そしてなによりハンドブック全体にただようナルシズムがキモチワルイ(書いた人はひょっとしたら名文を書いた、もしくはうまくまとめたなんて思っているのではないか…)。

 こんな変なハンドブックを作っておきながら、(おそらく初心者の)支援者に対する上から目線の説教(アドバイス)をするのです。こんなハンドブックしか作れないやつに、言われたくはない。

 犯人は誰なのか。

 犯人は「言語化できない専門家」である。そう断言しておきます。

 力不足で書けないが、権力と相性が良く、社会的地位が高いために国から「役割」を与えられてしまった者がつくるはめになった言語化できてない指南書、それが『ひきこもり支援ハンドブック』の正体であるというのが、ひきこもり探偵の推理であります。言語化できてないから、ポエムになってしまったのです。どうよ、この推理。

 今後、ひきこもりの相談窓口で、このハンドブックの受け売りを支援者から聞かされることになります。悲しいですな。

 社会保障が削られ、給付や手当がなくなる。代わりにこんなハンドブック製作される、支援という名の〝 広報〟ばかりにお金が使われていく。いつものパターンです。中身がないからどうでもいい、というわけではなりません。有害なのです。

 また長々と、そしてねちねちと書いてしまいましたのう。どうでもいいと思いつつ、辛抱強く粘着する、いつものパターンです。しかし今回は文章から漂うポエムとナルシズムにやられてしまいました。なにより私自身ポエマー(ポエットではなく)ですから、嬉し恥ずかしキモチワルイのです。

 一念発起し、こんなポエムに関わっちゃだめだ、これでケリをつけよう、勘弁してもらいたいと、なんとかおぼろげな感想を書いてみました。どうせなにを言ったり書いたりしたところで、連中ときたら一生懸命つくったのに悪口言われた、と逆恨みするだけに決まっています。彼らはフィードバックが欲しいわけじゃないのですからな。

コメント

  1. 名人様、ありがとうございます。懐かしくアーカイブ読んでます。おぼろげに記憶がよみがえりました。あのフラッシュっていうんでしたっけ?KHJのKは強迫性障害、Hは被害妄想、Jは人格障害が浮き上がってくるやつ。ひがきは当時Nネットというところに所属していましたが、KHJの話をしたら、親グループ(だったかな)にしかめっ面されたのを思い出しました。たしかに、「KHJのKは強迫性障害、Hは被害妄想、Jは人格障害」は目を引いたし、様々な負の感情を想起させるものでした。でも、これもしっかりとした歴史・あゆみなんだから、KHJは、「隠すようなことはせず、しっかり目立つところに、KHJのあゆみとして公開すべきだと思いました。その理由は、「やちひき」みたいな場末の小グループではなく、公的資金も受領しているような大きな団体だからです。教えてくださりありがとうございました。これからも鋭い記事を読ませてください。楽しみにしています。

  2. KHJについて・・・私も20年前からのマニアみたいなものですが、現在「KHJのKは強迫性障害、Hは被害妄想、Jは人格障害の意味で公開」していた、記述が当該団体のページのどこにもありません(私の見落としでしたら申し訳ないのですが)。今、親の会のことを書いていて、当時の資料を探すしかないかと思っています。なにか参考になる資料やコメントがありましたら、名人様より、ありがたいお言葉を頂戴したいです。

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