承認乞食(1)

 承認乞食はだめだ。他者からの承認だとか、異性からの承認だとか、そういうのが必要とか大切だとかぬかす、承認乞食根性がひきこもりをこじらせる原因じゃないかと考えています。

 家でごろごろしているひきこもりを誰が承認するのか、人生で一番承認されにくい氷河期じゃない。となると常にひきこもり男子は否定され続けることになる。他人から絶えず否定される、なんと不愉快なことだろう。

 それに他人からの評価なんて、絶えず上下するじゃない。そんなものが大切なら、絶えず人の顔色をうかがっていなければいけない。間違いなくノイローゼになります。やめたほうがいい。

 自分で「まあいいや」と思えればそれでいいのです。自己承認です。自己満足みたいでイメージ悪いけど、ひきこもっている自分を支えるのは、自己承認これ一本。だめだ、死ぬしかないと言っている人でも、心の底では本当は自分はいい人だと思っている、根拠のない「アレ」にこそ希望がある。

 他者からの承認ったって、いったい誰が誰を承認するんすか。そんなに承認して欲しければ、俺がお前を承認してあげるけど、どーせ、それじゃダメなんだろ。「お前みたいな、ひきこもり中年男子なんかに認められてもしょうがない」って思うはず。じゃあ誰ならいいのか。

 社会的地位、お金、名声、学歴、そんなところじゃないの。それって俗世間的な見栄、虚栄心じゃない。〈続く


この記事へのコメント

  1. 私が承認してあげますよ。
    でもそれじゃあ嫌だというのが
    煩悩なんでしょうなあ。
    他者からの承認って、自分ではどうすることも
    出来ないことですから、ほしがっても手に入らないものだし、
    求めれば求めるほど辛くなる気がしますねえ。
    今は承認乞食ブームなんですよ。
    異性からの承認という言葉がイヤだ。
    自分が価値があると承認した人間からの
    承認を得たいという、自己満足の究極系ですよ。

  2. 永遠なる否定あえて受け入れるわ
    何の根拠もない自己承認だけでいいんじゃね
    醜く承認してもらう相手も選んじゃってるしさぁ
    NON承認
    かっこいい骨のある文章ですね
    流石名人の一言です

  3. 非常にいいテーマですね。
    無性に続きが読みたい。
    そして、気の利いたコメントしたい。

  4. 承認乞食は生き辛い社会の本質的な問題だと思いますね。誰に承認されたいのかと言うとお父さんに承認されたいんですよね。そしてお父さんになんで承認されたいかと言えばお母さんと一つになりたいからなんですよね。ある有名な社会学者は万能感が去勢されるのには異性からの承認、つまりDTを卒業することが有効だと言っていましたね。それは順序が逆なんじゃないでしょうかねというのが私の率直な感想です。
    それに私もそうですが、名人のように母親と犬猿の仲ということは少なくないと思います。承認を欲しがらないタイプの生き辛さから見ると承認乞食というのは承認が至高の価値観であるかのように押し付けてくるはた迷惑な存在ですね。(私はその人のお母さんと一つになりたいとは思っていない。)

  5. 承認乞食かうまいこと言うね、でもほしいよ、誰からも承認されないのはきつい。

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