脱ゴミ屋敷 (2)

 本とゴミの見分け方を発見しました。本棚にある本を手にとってみて、その本にこんもりとホコリがたまっていたなのなら、それは本に擬態したゴミです。

 一度読んだことあるし、名作だし、愛着もある、何よりも自分おもしろいと確信して手に入れたものばかり、でもでも、本の上の、天と呼ばれる部分に、ホコリがたまっているということは、あなたも私も読んでいない、放置していたわけですよね、これからも放置され続ける可能性も高い。ゴミでないと言い切れるだろうか。

 何歳になっても文学青年、おもしろかった本は、いつかまた読みたい、2度3度、読み返したい。ただ人生に、“いつか”がちっともこないのです。

 だから捨てるのですが、本を捨てた直後に、あの本が必要だということがなくもない。

 そんな万が一が来てしまったら、その時は図書館に行って借りてくればいいんでやんす。運悪く図書館にない場合も、今はネットで簡単に手に入れられます(マーケットプレイスやヤフオクで)。

 それくらいは主も分かっている、それでもなお捨てられない人間の、心の問題。本を売ってしまったら……、毎日テレビを見ているような人たちのように、自分がつまらない、薄っぺらな人間になってしまうのではと、ひきこもりクリエーターは怯えているのです。

 根強い、ひきこもりゴミ信仰があるのです。ゴミの量に比例して、人間の中身も充実していく、「心の豊かなゴミ屋敷の主人」幻想が、無意識のうちにある。本あってこそのひきこもりという自負がある。知識と教養とゴミとは、セットなのです。一理あるでしょ、それでもやっぱりゴミ屋敷はゴミ屋敷。

 ゴミ屋敷の主が、クリエイターであるとは限らないどころか、可能性としてはむしろ低い。ゴミ屋敷の主だから、新しいものを生み出す、なんてことはあまりない。なにひとつ生み出さないゴミ屋敷の主人ほうが圧倒的多数なのですよ。


↑タンスの上にはダンボールぎゅうぎゅう。何が入っとるか、分からん。(@@)
<だらだら続く>

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