しがらみがない、人間関係がない

 多様な教育機会確保法案(旧略称)のせいで、あれこれやっていて、心が忙しい。イベントをやるだけでなく、法案についてあれこれ考えることになるから、心が忙しくなる。

 中学までは普通に学校に行っていたので、フリースクールに行くこともなかった、もっぱらひきこもりに特化している。なのになぜ、この法案に反対する活動をちょろちょろ手伝っているかというと、しがらみがないから、ということになる。しがらみのない自分が、やらざるを得ない。フリースクールに関係していればいるほど、この問題について語れなくなる。

 賛成と反対に分かれている。法律をつくるから、半分反対半分賛成とか、中立とかできない。本来であれば、フリースクールや不登校の親の会で、法案について議論がなされるはずだけど、そうはならない。懸念なぞを表明すれば推進している会の代表はあからさまに不機嫌になる、ギスギスする、居場所の雰囲気が悪くなる。居づらくなる。人間関係にヒビが入る、子どもの逃げ場がなくなる。だから多様な教育機会確保法案について話をしない、それが暗黙の了解となる。

 当事者は、学校との戦争の真っ最中。敵は学校、敵は教育委員会。そんな時に、味方であるフリースクールや親の会ともめたくはない。動けない。どこにも所属せず、人間関係も、社会的地位もない。自由である。わりと不登校業界に近いところにいる、ひきこもりおじさんが関わることになる。

 ひきこもりと不登校がまったく関係ないわけではない。時代に逆行して、不登校に対する管理が強まった一因にひきこもりがある。2000年頃から、不登校を放っておくと、ひきこもりになるぞ、それはけしからん、と不登校運動に対する反動がおこり、学校が、カウンセラー連中が、不登校児を追い回すようになった。(不登校はいいが、ひきこもりはダメ理論)。

 お金の問題。経営は順調、お金の心配はない、そんなフリースクールはない。どうするか→助成金をもらう→よろこぶ→助成金を減らされる→経営が苦しくなる→言うことを聞かないともっと助成金を減らすぞと脅さる。いまここ。この脅しを法案化したのが、多様な教育機会確保法案(旧略称)で、一部のフリースクールは賛成し、率先して文科省の手先になることでお目こぼしを受け、存続をはかろうとしている。不登校運動が獲得してきた権利を手放なそうとしている。

 ムチからアメに。文科省はクビに縄をつけて学校に行かすという方針をやめて、不登校は誰にでもおこりうると言って、不登校運動のご機嫌をとりつつ、少しずつ助成金をあたえるようにした。最初こそ警戒していたが……10年の月日がながれ、狙いどおりフリースクールは助成金に依存するようになった。それなしでは運営は難しいという状況を作り上げた。満を持して、つぶす。おそるべし文科省。委託業務・助成金という眠り爆弾、これぞ10年の計。


この記事へのコメント

  1. 本来、言いたいことを自由に言えるのが
    フリースクールなのですが、実際はそうなっていない。
    権力者は、賛成をお金で買える、
    しかも安いんだ。はした金だよ。
    北朝鮮の前主席、チリチリパーマの
    おばさんヤクザが仕切っています。

  2. なんか民主主義を真向から否定している人が
    居るけど…
    多数決が駄目なら総括でもするのかな?
    やるなら冬山で身内のみでお願いしたいです。

  3. 反対が起きているところにカネをばらまいて団結力を奪い、是非が論じられている間に強行して無理を通す。
    この国の政府がよくやる手口です。
    最近こんなことばかりな気がして、僕はなんだかニュースを見るのが嫌になってきてしまいました。
    特にシンゾーの顔を見るのが。

  4. 私もフリースクール等々を利用した経験はありませんが、立場の影響は凄いですよね。子供の立場に立つか、親・大人・社会の場に立つかで全然違います。孤立無援で誰とも関わらないというのも嫌ですが、柵とか制約とか煩わしくなります。臨機応変に適当で良くないですか?と
    常々思います。好きなら好き、嫌いなら嫌いと自由になりたい。

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