ひきこもり幸福論〈2〉

ひきこもり

 軽い躁病になり、一生治らないのが幸せ。幸せと思われている行為のほとんどが、酔っぱらいのウェイウェイ騒ぎとたいして変わりがありません。

 結婚式というと、幸せの絶頂というイメージがありますけれども、あれは夫婦で軽い躁状態になっているだけなのです。結婚式を普通にやると2~300万円くらいかかるらしいじゃないですか。花嫁花婿が、親族、友人を呼びつけ、あきれさせ、祝儀と称してお金を巻き上げる。白いドレスに白いスーツを着て、暗闇からスポットライトをあびながら、自分とはなんの関係もない音楽をバックに登場、でかすぎるケーキを二人でナイフでまっぷたつにします、つまんねえスピーチが延々と続いて、泣いたり笑ったり、人間の底の浅さを互いに見せつけ合うのです。

 教養のある人間ならけしてやらないことをやってしまう。さらに新婚旅行と称して外国に行って散財する。そこまでしてもまだ躁状態が治らない人もいまして、そうなると何十年ものローンを組んで家まで買ってしまう。そうやって、あれこれやり尽くしたあとで、躁状態が治まるのです。マイホームを買った男性が陰気なのはこのせいです。

 躁状態の問題は、お金を使いすぎてしまうことでしょう。躁状態は治っても、ずっと借金が残りることになります。中身がない、創造力のない人間が、明るく元気になれば、バカみたいに高いものを買って、一生分の借金をつくるに決まっています。なのになぜ、それを病気と呼ばす、幸せだと呼ぶのか、むしろ不幸じゃないのか。〈続く〉

 


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