偽ひきこもり

 ひきこもり当事者として、人前で何かを話をする(表現をする)、という行為をもってその人を〝偽ひきこもり〟とするのは、働かないアリは、アリじゃないと言っているようなもので無理があります。

 アリが働くのはアリの習性ですが、しかしアリなかにも、その習性どおりに働かないものもいるのです。ひきこもりだって同じです、いつも習性通りに動くというわけではない。

 ひきこもりの習性とは、ひきこもり当事者だと言われたら、逃げる、消える、というもの。それがひきこもりの習性であることは否定しない。そもそも昼間でも部屋のカーテンをぴちりとしめて、ひきこもり当事者であると悟られぬよう苦心するのが王道ひきこもりであります。

 犯人は逃げ、刑事は追いかける。それはそうなのです。でも自ら交番に出頭し、お縄になる犯人だっているのです。だから、物言うひきこもりは本当の当事者ではないから、〝偽〟であるとすることに関しては、そうだとは限らないぞ、と言っておく。極上のひきこもりは逃げて消えてしまうが、逃げずに残っている者もそれなりのひきこもりだとは思いますよ。

 ひきこもり当事者であることに、なんのうまみもなければ、利権もない。なのに厳格に本物だとか偽物だとかの真贋つけたがるというのはいかがなものでしょうか。あんまり意味がないよな。

 


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