書評『回想の太宰治』

 津島美知子『回想の太宰治』がおもしろい。内容を一言でいうなら、太宰おちょこ伝です。

 その前に、読書人たるもの、作家の書いた小説を読むべきです。作家がどういう人だったとか、作品の舞台裏とか、そんなことは関係ないはず。が、作家が故人であると、もう新しいものを読むことはできないわけで、ファンとしてはこういう回想録に手をだしてしまうのもしかたがないこと、と言い訳をしておきます。

 太宰の本妻が書いただけあって、しみじみと太宰の器の小ささを後世に伝える、いい逸話がたくさん書いてあります。そのなかで、私の心にいちばん響いたのが、太宰の〝ケチっぷり〟です。

 太宰は小説のなかで、自分は吝嗇だ、ケチだということをたびたび書いています。でも読者としては、またまた先生そんなことを、といつもの自虐だと思って読んでいたのですが、妻から見た夫・太宰治は正真正銘の、どこに出しても恥ずかしくないケチだったのです。

 田舎貴族だった太宰は、実家からの仕送りで生活していました。でも生活破綻者であり、経済観念も乏しかったので、結婚後は財布は妻に渡すことを約束させられていたという。

 しかし妻の出産後という時期に、太宰はすっと妻から財布を取り上げました。そしてその後ずっと太宰は財布を握り続けていたといいます。だから妻である津島美知子は必要があるたびに、太宰にお金をもらわないといけませんでした。そのたびに太宰がいったセリフがこれです。

「もうないのか」

 実に屈辱的で、嫌なものだったと、本の中に書いています。でもそれだけならいいのです。太宰読者ならもう気づいているでしょうが、太宰は小説のなかでは、さも財布は女房に握られているかのように書いているのです。実際は逆だったのにですぞ。

 このような楽しいエピソードが紹介しきれないくらいつまっている本。太宰治全集を読んだ人にお薦めです。

 


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