VR地獄変

 耳栓をぎゅうぎゅう耳につめても、寝たきり要介護5の老婆ママンのおたけびだけは、どういう訳かよく聞こえてきます。周波数のせいなのか、それとも宿命なのか、理由は分からないのですがとにかくよく聞こえてくるのです。

 「ふううううーーーっっっ」。黙ることを知らない寝たきり老婆のおたけびが今日もこだまします。つらい。おたけびのせいで部屋にいても集中ができない。文字が頭の中に入って来ないから、本も読めない……と思っていたのですが、、、読めるぞ! 芥川龍之介の『地獄変』ならすいすいと読めるのです。

 むしろ以前より小説の世界に入っていける。老婆ママンの断末魔のおたけびが、小説の中の炎熱地獄、業苦に苦しみと重なりあい、音と文字との共演といいましょうか、新しいタイプのバーチャルリアリティ(VR)として、見事に構築されてゆくのです。諸君、地獄変を味わいたいのならば私の家に来たまえ。

 さて、病気のせいでろれつが回らない、何を言っているかわからない老婆ママンの今日のお言葉で、ひとつだけ翻訳できるものがあったのでご紹介します。

「あによう、ふみなあぁぁ!」

 です。介護している老爺への、この言葉を、翻訳してみましょう。

「あによう、ふみなあぁぁ!(お前は、クビだっ!)」

 なんと老爺の介護に対する、寝たきり老婆ママンからの、鬼のようなダメ出しだったのです。地獄とは堕ちるところではない、まぎれもなく目の前にある、そう確信した、或る夏の日の出来事でございました。

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