俺メディアのつくりかた〈1〉

 インターネットで発信すると、見知らぬ大勢がホームページにやってくる、そんな幻想をもってホームページを始めたのが、今から約21年前のことです。Microsoft Word98を使ってホームページ作成し、加入プロバイダーの@niftyのサーバーにアップしていました。

 当時の私は文豪として、文芸誌の新人賞に小説を応募しておりました。そのすべてが一次選考ではねられていたのです。私は自分の書いているものの質を疑うことはせず、出版社の人はちゃんと読んでいない、最近の編集者は真の文学がわからないのだと、逆恨み、憤懣やるかたない思いで悶々としておったのです。

 そこにやってきたのが、Windows98のノートパソコンとインターネットでした。私はさっそく、吾輩の文章を〝読者〟に届けようと、せっせとホームページ作りに励み、ネットで発表を始めたというわけです。それがどういうものであったか、その第1回目のエッセイを過去のブログに載せておりますのでご覧ください、そして憐れんでやってください。

 読むと死にたくなる文章・第1回ぽんちエッセイ

 いかがなものでしょうか。内容もさることながら、疑うことなく「インターネットで発信すると、見知らぬ大勢がホームページにやってくる」と信じきっていた自分が気の毒です。そんな私を正気に戻してくれたきっかけが、アクセスカウンターの存在です。どれほどの人が、私の文章を読んでいるのか、毎日チェックしていました。それが、いつもいつも1日あたり13人くらいなのです。しかも13人の中の何人かは、アクセスカウンターをチェックする自分なのですから、つまりこれは、誰も見てないに等しい。「俺メディア」の始まりはこのような有り様でした。まだまだプチおじいさんの思い出話は続きますが、ひとまず今日はここまでといたします。〈続く〉

 


この記事へのコメント

  1. 「私は自分の書いているものの質を疑うことはせず、出版社の人はちゃんと読んでいない、最近の編集者は真の文学がわからないのだと、逆恨み、憤懣やるかたない思いで悶々としておったのです」

    未だにこの思いで物を書いています。
    いずれネットに上げた作品も読まれなくなり、諦観するときが来るのでしょうか。
    それはそれで幸福かもしれないですね。

  2. こんばんは。
    過去の「痛い歴史」があればこそ、人は学び、成長できるのです・・・。
    自分もニートの臭気を放つブログを開設して早5年が経過してました。これまでにコメントは謎の外国人によるサイトへの勧誘?コメントしかなく、当初は記事に所謂「いいね」もチラホラあったのですが、ここ数年ぱったりと無くなってあの頃が懐かしく、同時に切なくなりました(笑)
    自分自身、なんも変わっていないはずなのだが・・・。
    アクセス数も日に10人いればかなり良い方という感じで、一時200人近く続く日があって「ついに俺の時代が!」と喜んだものの、「こんなニートの悩みばかりのブログにそんなに人が来るはずが・・・」と怪しくて調べたらBOTでしたという・・・。いかんせんコメントがないので一体どういった方が訪問しているのか気になる所ですね。

    1. 世の中でアクセス数と呼ばれているものの大半が、
      ネットを巡回する外国製のBOTなんじゃないかと思っています。

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